Wednesday, 26 March 2014

遅刻してしまいました。

今日は、コーンウォールねたはお休みで、お詫びです。予備校の春の特別授業のようなものがあったのですが、完全に時間を間違えてしまって、関係者の皆さんと生徒の皆さんにお詫びいたします。と言っても、誰もここを見ていないと思いますけど。

今日は、早めに行こうと思って、12時50分くらいに駅に着いたのですが、そのとき、携帯に予備校からの電話で、「12時30分から授業で、今生徒を待たせています」という電話でした。これにはあせりました。ぼくは、時間を守るタイプで、交通事情などの問題がない限りは、時間に遅れるとか、時間を間違えるとか、約束を忘れるということがほぼありませので、ちょっとショックでした。

もう3ケ月ほど前にpdfでこの授業の時間割を渡されていて、それをMacのカレンダーに正確に書き入れたはずなんですが、どこをどう間違えたのか、12時30分開始を14時20分と書き込んであって、13:20とするなら、12:30の見間違えということもあり得るけれど、14:20はちょっとなぁと自分でも思います。終了時間が14:00となっているので、それでといこうこともなくはないのですが、やはり解せません。頭が相当弱っていたんでしょうか。


この予定を書き込んだのが、多分先週か、先々週で、翻訳の締切が二つと、予備校の模擬試験の問題作成の締切と、予備校の授業と、まあ他の忙しい方に比べれば大した忙しさではないかもしれませんが、でも、翻訳も面倒な仕事ですが、模試の問題作るのって大変なんですよ。一応担当は英語です。

まず、これまで大学入試や、他の模試で使われていない文章を探さないといけません。そんなのネットで探せばいくらもあるじゃねぇかと思うかもしれませんが、ある特定の模試の性質に沿った、その模試に適当な長さでしかもある程度意味が完結していて、受験生にも読めそうなレベルで、和訳の問題にできるようなちょっと難しい構造の文があって、できれば内容をまとめさせるような問題を作れそうな文章を、限られた時間で探すっていうのは、少なくともぼくには大変です。しかも、今回は、翻訳の締切と日程が相当重なっていたので、実質2日で、数本の素材となる文章を探さなければなりませんでした。

それには、起きている限りは、ありとあらゆる手段を使い適当かなと思われる文章を探し、読んで読んで読みまくります。ある程度良さそうなものがしぼれたら、今度は、実際に仮の問題を作ってみないと、模試の問題として使えるかどうかわからないので、問題を作った上で、提出します、すると予備校の方で、まとめてくれて、模擬試験のチームの他の方の選んだ素材を送ってくれます。ちなみに、ご存じない方のために、模擬試験はチームになって作ります。

自分の選んだものも含めると、今回は、20以上の素材を読んで、どの素材が適当かを判断しなければいけませんでした。読む時間は、実質1日半でした。20×500語としても、少なくとも1万語のそれなりに難易度が高い文章を疲れた頭で読まなければならなかったということで、もう頭がよれよれになっている時に、たまたま、今回の遅刻の原因となった、予定の写し間違えにつながったという、言い訳でよろしいでしょうか。

Monday, 24 March 2014

Two and a half years in Cornwall コーンウォールの2年半 (4)

下見(3)


宿泊先を手配しなくてはいけないのだけれど、St Ivesには、Holiday Innのような手頃な値段でチェーン展開しているホテルがどうもないようだった。Booking. Comのようなホテル検索サイトでSt Ivesのホテルを見てみると、トレガナ(Tregenna)という外壁にツタの絡まった歴史的な趣を感じさせるホテルが見つかり、値段も手頃だし、雰囲気も悪くなさそうだったのでそこを予約した。

            Tregenna Castle Hotelの正面玄関

2009年の817日に、ぼくたち一家4人はSt Ivesを目指して、ロンドンを出発した。コーンウォールへの道のりは長いが、行き方自体は比較的単純のようだ。まずロンドン市内を抜けて、A4に乗り、西方向を目指すと、途中からそれがそのまま最終的にウェールズへとつながるM4と名前が変わる、ブリストルでM4からM5に乗り換え南南西方向へと向かう。さらにExeter付近で、A30に乗り、西南西に向かうとSt Ivesにたどり着く。

初日はブリストルで宿泊することにした。ロンドンからは200キロ足らずで、距離的に中間に達してはいないが、メルキュールホテルのチェーンがあって、すぐに予約がとれたので、あまりあせらずにぼちぼち行こうかということでブリストル泊となった。

            ブリストルで見かけた気球

St Ivesに行く途中に寄ってみたいと思っていたところが二つあり、ひとつは、高級ガラス製品で有名なDartington Crystalと、イギリスではTVシェフとして著名なRick Steinが本拠にしているパドストウ(Padstow)を一回見てみようということだった。シーフード料理で有名な彼だけれども、日本以外で食べる魚介料理にすごく懐疑的なところがあるぼくたちは、レストランには行かずに、テークアウェイの小魚のフライのようなおつまみのようなものを少し買って、彼の経営するパブに立ち寄った後、St Ivesへと向かった
          パブの前の庭で遊ぶ子どもたち すでに午後8時過ぎ


寄り道してしまい、Tregenna Castle Hotelに着いたのは、深夜に近かった。みんな疲れてその日はすぐに寝付いたように思う。

Two and a half years in Cornwallコーンウォールの2年半 (3)

下見(2)

またもや、Googleでその位置と距離を調べると驚いた。イギリスの国土は狭く感じるけれど、けっこう広いじゃないか。当時住んでいたロンドン東部のドックランド地区から、501キロもある。ほぼ東京/大阪間だ。

車の運転が苦にならない、もしくはそれが趣味である人にとっては驚くに値しない距離だろうけれど、車の運転を楽しむことができない、場合によっては時間の無駄と思ってしまうタイプの人、つまりぼくにとっては、気が遠くなりそうな距離である。そんなに長い距離を運転したことは 、なかった。いや、実はあった。思い出した。2007年のカッセルでのドクメンタとミュンスター彫刻祭に車で行ったんだった(Googleによれば最短で777km)。はるばるドイッチュラントまで。

でもあのときも、距離は長いし、雨と霧の中を運転して行って、大変だったよなと思ったけれども、それでも、早朝ロンドンを出発して、ユーロトンネル経由で、フランスのカレーに着いたらいきなり右側通行になって、その日の夕方にはカッセルに着いたんだよな、カーナビもついていない車で、よく行ったよなぁ。

それに比べれば今年の夏はそれほど天候は悪くないし、イギリス国内だから英語は通じるし、距離は長くて運転はやはりいやだけれど、とにかく行ってみようかということになって、具体的な計画を立て始めた。2007年と2009年との違いは、2007年の12月に次女が生まれたということで、当時はまだ1歳8ケ月でまだまだ赤ちゃんだった。そこで、無理に1日で行ってしまわずに、どこか中間点で宿泊して、翌日セント・アイブズ(St Ives)着にしようという予定を立てた。

            2007ドクメンタで ちびくんと田中敦子の電気服




           謎のパフォーマンス集団 名前失念


            ドクメンタ2007 バナー カッセル/ドイツ

Two and a half years in Cornwallコーンウォールの2年半 (2)

下見(1)

ぼくたちは、20029月にロンドンにやって来て、もう丸7年が経過しようとする2009年の8月にコーンウォールに旅行することにした。なんちゃってアーティストの分際で、人並みに夏の家族旅行に行けるような身分ではないのは重々承知していたけれども、なかなか作品を発表する場にさえ恵まれない状況が続いていただけに、気分転換が必要だろうということもわかっていた。

イギリス国内を車で34日旅行するくらいならいいだろうと思い、旅行先を探し始めた。最初は、日本だと箱根の彫刻の森美術館のような屋外彫刻公園のあるような地域を考えていて、それならYorkshire Sculpture Parkかな。そうしたら北の方だから、ついでに、当時実践していた石版に文字を彫る技法で必要な石を産出するような地域にも足を伸ばして素材の石を安く調達してこようかなと思っていた。しかし、発表の機会がなかなかないということは、やはり、この技法に固執していると同じことの繰り返しで、そろそろ表現方法を転換した方がいいのかもしれないと思い、それなら、いっそのこと、前年と同様、ぼくも家内も興味がある陶芸工房のあるような地域にしようかと考えを改めた。

陶磁器の産地として有名なのは、何と言ってもウェッジウッド(Wedgwood)の本拠地であるストーク・オン・トレント(Stoke on Trent)だけれども、ここは、前年に訪ねたばかりだったので、陶磁器関係でほかにはどこか面白そうなところはないだろうかとGoogleでいろいろリサーチしたところ、コーンウォールという州の西端に近いところにあるセント・アイブズ(St. Ives)という町に、リーチ工房というのがあり、しばらくの間閉鎖状態だったものが、最近になって再興されたということを知った。

バーナード・リーチという名前は、陶芸を実際にやったことがなくても、柳宗悦の提唱した民芸運動を再検証する立場から書かれた文章を読んだばかりだったので、まあ民芸の精神をイギリスに持ち帰って実践した人なんだろうなという程度の知識は持っていた。家内も研修中に、民芸とリーチについて勉強したことがあるはしたことがあるようだった。さらに興味深かったことは、そこで、若い陶芸家の育生プログラムがあり、数名を募集中ということであった。日本で陶芸の専門教育を受け、イギリスに来て以来、まともに陶芸を実践する機会のあまりなかった家内は、もちろんこれに興味を示し、とにかく行ってみようかということとなった。


             コーンウォールのどこか

Two and a half years in Cornwall コーンウォールの2年半 (1)

Two and a half years in Cornwall

コーンウォールの2年半


2013年の1月に、10年以上に及んでしまったイギリス生活を終えて帰国し、今は富士山のふもとの実家で引きこもって翻訳をしていることが多い。

翻訳といっても、文学作品などに代表される出版物の翻訳ではなく、日々の多種多様な業務で生じる文書の翻訳、いわゆる実務翻訳と呼ばれる分野のもので、依頼を受けると締切に追われ、まとまった睡眠時間がとれなくなってしまうような種類の翻訳をしている。

この前の案件もそうだった。これはある会社の監査報告書を英文にするというもので、普通の勤め人をしたことのない世間知らずのぼくにとっては、日本語で書かれている内容を理解するのにそもそも相当の時間が必要で、業界独特の言い回しや、用語、さらに報告書の執筆者自身の日本語の用い方にくせがあるなど、ぼくにとっては、大変難易度の高い案件だったと思う。

締切に間に合わせるには、長時間の集中が必要になってきて、それでもあまりに疲れてくると、ある日本語の表現を英語に置き換えようと頭をフルに働かせているはずなのに、Lelantの細い道で大型観光バスとすれ違う瞬間とか、A30を東に向かって走っているとき、車線変更をしようと左側を一瞬向いたときに見えた風景とか、ブランコのおいてあるパブに子どもたちを連れて行こうとしてパブの入り口へ右折して入ろうとハンドルを切った瞬間とか、そういう一瞬の記憶が映像として、何度もフラッシュバックしてきた。


正直言って、コーンウォールで個人的に、特に、アーティストとしてあまり得るものはなく、そこにいた2年半という時間は無駄だったかもしれないとずっと思っていただけに、最近になってコーンウォールでのほんの一瞬が映像、(いや画像かもしれない)、として、しかも仕事の最中に甦ってくるって一体どういうことなのだろう。単純に、この面倒な仕事を片付けて早く楽になりたいと言う気持ちはもちろんあるにしても、自分の中の無意識がコーンウォールでの出来事を思い出してみろと促しているような気がして、自分にとって、家族にとって、コーンウォールでの2年半はどういう意味合いを持つのか、さらにそれ以前のどんなできごとの積み重ねによってその2年半というものがあり得たのかということを考えてみた。